そんな…
ダーリンは、根っからの農民で、
仕事とかゆう理由じゃなく、
生まれが畑なんだ
と思うくらい、
毎日、畑に行く。
仕事の前にいつも、畑に行く。
お金になんかならないどころか、お金がかかるのに、いつもせっせとおいしい野菜をつくってる。
化学肥料も、農薬も使わない、生命力あふれる野菜。
ダーリンは、水路の一番下手の畑で、流れてくるゴミを拾う。
自分に関係なくても、黙々と拾って分別してる。
私は、そんなダーリンが好き。
仕事とかゆう理由じゃなく、
生まれが畑なんだ
と思うくらい、
毎日、畑に行く。
仕事の前にいつも、畑に行く。
お金になんかならないどころか、お金がかかるのに、いつもせっせとおいしい野菜をつくってる。
化学肥料も、農薬も使わない、生命力あふれる野菜。
ダーリンは、水路の一番下手の畑で、流れてくるゴミを拾う。
自分に関係なくても、黙々と拾って分別してる。
私は、そんなダーリンが好き。
ひつよう
私が必要なもの
私が○○するときに必要なもの
私が○○になるときに必要なもの
人生は選択の繰り返し。
現代は選択肢がごった返し。
私は○○に必要とされる。
私は○○のときに必要とされる。
私は○○で必要とされる。
裁月明帰。
船出した漁師が何も収穫がなく、
月明かりを載せて帰る。
悟りや、成果を求めて修行して、悟りや成果を求めることさえも捨て去り、無になる境地。
本当に必要なものごとってなんだろう。
私が○○するときに必要なもの
私が○○になるときに必要なもの
人生は選択の繰り返し。
現代は選択肢がごった返し。
私は○○に必要とされる。
私は○○のときに必要とされる。
私は○○で必要とされる。
裁月明帰。
船出した漁師が何も収穫がなく、
月明かりを載せて帰る。
悟りや、成果を求めて修行して、悟りや成果を求めることさえも捨て去り、無になる境地。
本当に必要なものごとってなんだろう。
てんびん座
赤は青より元気だけれど、青にはそばにいてほしい。
空は海より深いけれど、
海の重さに包まれたい。
ラはミより悩ましいけれど、
ミにいつも頼っている。
雷は布団よりエネルギッシュだけれど、
布団に入って眠りたい。
木炭で描く絵は湯気がでるけど、
電池で済むなら済ませたい。
右から左へ
左から右へ
上から下へ
下から上へ…
空は海より深いけれど、
海の重さに包まれたい。
ラはミより悩ましいけれど、
ミにいつも頼っている。
雷は布団よりエネルギッシュだけれど、
布団に入って眠りたい。
木炭で描く絵は湯気がでるけど、
電池で済むなら済ませたい。
右から左へ
左から右へ
上から下へ
下から上へ…
寂しさ一滴
ひとしずくの寂しさは、
ひとつまみの塩
冬の朝のしろい息
ひとしずくの寂しさは、
ポケットにひとかけら
ひとしずくの寂しさは、
黒糖ひとかじり
ひとしずくの寂しさは、
輪島の棗
大事に胸に忍ばせて、
たまに手にとり愛でるもの。
ひとつまみの塩
冬の朝のしろい息
ひとしずくの寂しさは、
ポケットにひとかけら
ひとしずくの寂しさは、
黒糖ひとかじり
ひとしずくの寂しさは、
輪島の棗
大事に胸に忍ばせて、
たまに手にとり愛でるもの。
じゅうわり
今日は、採った蕎麦の実を、蕎麦にするべく、
大寿庵さんへ。
まずは腹ごしらえ。
蕎麦かりんとうに、蕎麦のお干菓子、蕎麦搔に、蕎麦茶、そして手打ちの十割蕎麦と蕎麦湯。
どれもおいしくて、おなかいっぱい。
そして、石臼初体験!
石臼の間からこぼれ出るそば粉を見ると、テンションがあがります。
わたし、石臼って、ミルサーみたいに、粒子をすり潰すのだと思っていました。
やってみると、蕎麦の実を押しつぶし、中の粉が出てくる、ということだと知りました。
だから、ふるいにかけると、そば殻と、そば粉に分かれます。
そば殻で枕を作らなくっちゃ!
そして、蕎麦打ち。
粗い、40番のふるいでこした粉は、ざらざらしていて、切れやすいそうですが、香りは強いのだそうです。
つなぎを入れず、粗めの粉の蕎麦打ちは、集中力と、やさしさが必要です。
そーっと、ゆっくり、かといって、恐がりすぎてもダメ。
十割そばを打っている人は、みんな優しい人なんだ!
と、思った一日でした。
畑の辛い大根と、ねぎで、いただきます!
大寿庵さんへ。
まずは腹ごしらえ。
蕎麦かりんとうに、蕎麦のお干菓子、蕎麦搔に、蕎麦茶、そして手打ちの十割蕎麦と蕎麦湯。
どれもおいしくて、おなかいっぱい。
そして、石臼初体験!
石臼の間からこぼれ出るそば粉を見ると、テンションがあがります。
わたし、石臼って、ミルサーみたいに、粒子をすり潰すのだと思っていました。
やってみると、蕎麦の実を押しつぶし、中の粉が出てくる、ということだと知りました。
だから、ふるいにかけると、そば殻と、そば粉に分かれます。
そば殻で枕を作らなくっちゃ!
そして、蕎麦打ち。
粗い、40番のふるいでこした粉は、ざらざらしていて、切れやすいそうですが、香りは強いのだそうです。
つなぎを入れず、粗めの粉の蕎麦打ちは、集中力と、やさしさが必要です。
そーっと、ゆっくり、かといって、恐がりすぎてもダメ。
十割そばを打っている人は、みんな優しい人なんだ!
と、思った一日でした。
畑の辛い大根と、ねぎで、いただきます!
おてらでげき

演劇を見に行きました。
釈迦内棺唄という水上勉原作の演劇でした。
というまえに、
お寺の立派なこと!!
文化財に指定されている、大層大きなお寺で、
市内にこんなお寺があったなんて!!
と、こっそり探検。
古い建物、
スケールの大きな木材、木魚までスケールがデカい!
そして、演劇は、一番前の目の前で見ました。
人間のエネルギーのすごさに、鳥肌がたちました。
感情をあんなに、露わに、激しく動く、ということ自体、(悪いという意味ではなく)不自然で、目が釘付けです。
人間の存在感って、こんなにも広がるのか、と、思いました。
きっとそれが、
映画にもない、
テレビにはもっとない、
ナマのにんげんのパワー
演劇の醍醐味なんでしょうね。
それにしても、
劇中に出てきた東北の木挽き唄や、
民謡の素晴らしいこと。
ネパールに引き続き、
民族の唄の素晴らしさに、
日本人であることについて、
また考えさせられました。
そして、このお寺の和尚さんは、河野太通老師という、
ただいま仏教のトップの方だそうで、こんなところに!?と、ビックリ。
何かと、盛りだくさんで満腹な1日でした。
みがく

脱穀。
茎や葉などのゴミを取り除き、磨きました。
そばの実。
13キロ。
美しい!
米袋の中で黒く輝くそばの実は、黒い宝石に見えてきます。
自分でやると、いちいち、感動です。
って、優雅に言えるのは、主な労働は、9割、ダーリンがやってるからかな。
ありがとうございます。
年越しそば、何人前かなぁ〜。
ねぱーる

お寺で市をやるメンバーの集いだったらしく、
こだわりの、こゆいメンバーが集まりました。
ビジョンヨガ。
マクロビ。
土を作ってる人。
かまどで米を炊いて食べる運動で小学校をまわってるひと。
築140年の農家を自分で改修して、おいしいご飯やさんをしているお米やさん。
サーフィンでアジア代表とかだった体育の先生。
新聞記者さん。
わたし。
それで、みなさん、それぞれ、おもしろかったのですが、
最後に、わたしの心を奪ったのは、
ネパール人男性、26歳。
自分で作ったという
横笛。
日本のお祭りのお囃子のような横笛で、
ネパールの音楽を吹いてくれました。
たちまち、行ったことも見たこともない、
ネパールの山と空が広がって、
それは青く、澄んでいて、気持ちのよい青空。
音楽が“どこでもドア”のように、
時空を超える。
今、とか、
ここ、とか、
個人とか、
そんなものは、悠々と超え、
ネパールの土壌や、人びとの暮らしを感じる音楽。
それでいて、なんだか日本の秋晴れの祭りの空のにおいも混じっていて、遠い祖先に思いをはせ、
全体の流れの一滴であるということの位置づけを
きちんと生きることの清さと美しさ、
なんだか、とても、大きくて、
確かで遥かな美しさにぶつかり、
心にネパールが広がった夜でした。
らしさ

って、考えてしまった時点で
わたしらしくない。
わたしは、そういう考え方が
あんまり好きじゃなくて、
わたしらしく生きる
っていうのや、
自分探し
とか、
ましてや
個性
なんて言葉は、大嫌い。
自分を生きればいい。
きっとそれを振り返ったら、自分らしく生きた、と言うだろうし、
自分は、ここにいるんだのに、
探すもんなんかじゃない。
見当たらなければ“自分”をつくればいいんです。
個性、なんて、
いちいちわざわざ言うものじゃない。
わたしは、ここにいます。
と、いえること。
それが、自分を生きるということ。
ともしび

内地にいるわたし。
季節や環境、
日常や人間関係、
日々のすべてが変わり、
それでも、わたし自身はわたし自身であるはずなのに、
かわればかわるもので、
あれだけ書いてきたブログの文章が書けません。
それは、きっと、わたしの中の、
闇が、
わだかまりや、シコリやもじゃもじゃが、
欲望や欲求や、
夢や希望が、
野望や願いが、
すべて、
すと〜〜〜んと
水蒸気のように、なくなってしまったからでしょう。
何かを生み出すには、
何か欠けておくこと。
満ちるには、少し
はやすぎるかなぁ。
地獄のそうべいが蜘蛛の糸を手繰るように、
ふたたび糸を手繰ることにしましょうか。
そば

そばの花のころ、
中秋の名月とともに、
夜のくろをほころばすような白い花が、
とてもきれいでした。
鹿の襲撃にあって、
円形脱毛症になりながらも、
なんとか収穫。
年越しそばに、
食べられるかなぁ…。

あずき

鹿に食べられ、育っては食べられ、食べられては育ち…それでも、季節に習い、花をつけ、実をつけました。
植物は、季節季節に、きちんと、花を咲かせ、種をつくる。
わたしたち人間も、年齢に正しく生きなくては…。
まつりとさば

たぶん、全国的、
に有名な、喧嘩祭りでした。
ダーリンの地元です。
お天気にも恵まれて、
祭り後、みんなで飲んでいた様子。
途中、買い出しに行ったダーリン、
コンビニ前に、22歳の女の子が4人、
たむろしていたらしい。
しっかり、声をかけ、10歳もサバをよみ、一緒に飲もうと誘ったのだとか。
女の子たちは、OKだったそうですが、ダーリンの友人にOKをもらえず、断念。
心残りだ〜と電話で残念がっていました。
いつもなら、声をかけない(?)けど、祭りの勢い。
いつもなら、変な人、コワい、と思うけど、祭りの勢い。
祭りの空気、ハレの日のマジック。
合コンもいいけど、お見合いもいいけど、祭りも、きっと、少子化に少なからず貢献してるんでしょうね。
草食系男子という言葉の出現する昨今、ナンパしにくい世の中でもあります。
よその子供に注意できない世の中。
他人に声をかけずらい世の中。
そんな世の中になってほしくないものです。
だけどダーリン、
いくらなんでも、
よむならサバは5歳まで。
まつりの日には、さばずし。
やすおちゃんとしずこちゃん。

母のギャラリーに展示された、鉄の灯りの作家さんと、
今日から私の貸和室で教室をされる、人形着物教室の先生。
しずこ先生は、うちのお店のある、たつの市出身。結婚され、芦屋に住まれていて、ご縁があって、うちで教室をされることに。
たつのにまた来るなんて不思議!とおっしゃっていました。
そこで、たまたま、飾っていた鉄の灯りを見て、作家さんの説明をしているうちに、
“やすおちゃん!?”
と、幼なじみだったことが判明!
今回、再会を果たすことに。
ひと月前から、しずこ先生が来られることを知り、楽しみに楽しみに、されてた“やすおちゃん”。
時間よりずっと早く来られていました。
しずこ先生を駅まで送った車で、先生が、
『やすおちゃんが意地汚い大人になってたら、も〜教室、辞めようかと思ったけど、人生を楽しんで、いい歳の取り方をした顔してたから、嬉しかったわ』
と、言っておられました。
わたしも、教室を辞められなくて大変助かりました。
そう言われる、しずこ先生は、昔モテただろうなぁ、と思わせるチャーミングな方。
そして、今は亡くなられた旦那様にも、きっと愛されたのだろうなぁと思わせる、
人から愛されてきた、いいお顔をされています。
やっぱり、ひとはみためです。
“顔”って、つくられていくのだと、最近、つくづくおもいます。
私も、意地汚い大人にだけは、ならないようにしようっと。
おかね

芸能をされてる方が、
わたしに会いに
やってきてくれました。
猿回しが来てるから忙しくて…。
と言って、でも、きっと、お金にはなかなか、つながらないのだろうなぁ。
劇団や、何かの活動をされてる方って、思想や理想、正義感や責任感で仕事や活動をされてて、人の好意や、協力で、なんとかなってるのでしょうね。
お金のうまく流れる世の中に!
賢い金持ちが増えますように。
貧富の差はあっても、毛細血管にも血が巡るように、隅々まで、健康なお金が回ること。
恒産なくして恒心なし。
あめ

ちいさな 新芽のうえに、降りていきます
うぶげに そっと、ふれるように。
やま
つち
は
ちいさなちいさな双葉の絨毯は、
“清潔”そのもの。
あめあがり、
びゅん と背伸びする植物たちに、
いつも、
“慈雨”ということばを
おもいます。
ほーむ

しびれを切らしたダーリンから、ご飯できたよ!と電話。
今日は、カセットコンロで、鍋!
畑の中で、採りたての白ネギを入れて、山を見ながら、ふたりで食べるなんて、贅沢です。
B blue houseが、blueシートのhouseから、どんどんホームに。